キューバを知る会・大阪

キューバの魅力を紹介します

56回目の革命記念日おめでとう!!

1953年7月26日、カストロが率いる反乱グループが、サンティアゴ・デ・クーバにあるモンカダ兵営を襲撃した。

襲撃の目的は兵営の武器を奪い、ラジオ放送でバティスタ政権を打倒することを国民に呼びかけることだったが、襲撃は失敗し、グループの青年たちの多くが捕らえられて殺された。

この裁判でカストロは被告席から裁判官に向かって『私に有罪を宣言せよ。ここでの判決に意味はない。歴史が私を赦免にするであろう』と演説した。

このモンカダ兵営襲撃を記念してこの日を革命記念日としている

ここでちょっとキューバの歴史を!!

 

スペインによるキューバの統治は400年あまりに渡って続きました。

するとやがてキューバ生まれのスペイン人が生まれてきました。

「クリオージョ」と呼ばれる彼らには次第にキューバ人としての感情が強くなってきました。そしてスペイン王国からの無理な要求に反発を覚える人も出てきました。

そしてスペインからの独立の動きが始まったのが1867年ごろ、カルロス・マヌエル・セスペデスやアントニオ・マセオらを中心としてでした。10年にわたったこの戦争は、反乱軍は敗北しスペインとの妥協を強いられました。

その後ホセ・マルティらに引き継がれ1895年に独立戦争が開始されました。以前からキューバに野心を持っていた米国がスペインに戦争を仕掛け米西戦争開始し米国はスペインを惨敗させました。。

1902年キューバはスペインから独立しましたが今度は米国の保護国となりました。グアンタナモ基地を置くことを承認させられ、米国の政治介入がずっと続くことになりました。

キューバ政府は米国寄りの政治家が大半を占めていました。それから半世紀あまり、キューバは「米国の裏庭」、そしてハバナはカジノが林立するマフィアと売春の温床となっってしまいました。

その状況をなんとか変えようと立ち上がったのが、フィデル・カストロでした。

1953年にサンティアゴ・デ・クーバのモンカダ兵営襲撃から始まった革命戦争は数々の困難の末に1959年1月1日、パティスタの逃亡を持って勝利をおさめました。

今年は東部のオルギンで記念式典が開催されました。

海外ニュース(キューバ)に詳細がありました。参考までに