キューバを知る会・大阪

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ラウル・カストロ議長国会閉会式演説2017



  • 添付にてラウル・カストロ議長の国会閉会式演説をお送り致します。

    ご一読いただければ幸いに存じます。

     

キューバ共和国大使館
 


 


広島フィルム・コミッションからのお知らせ

チェ・ゲバラが撮った広島
開催期間・時間 平成29年9月15日(金)~9月26日(火) 10時~17時
内容 1959年にチェ・ゲバラが来日中に撮影した写真及び広島訪問時に撮影した写真をキューバから借り受け、広島での里帰り展示を行う。
主催
 広島フィルムコミッション(082-247-6016)

場所 旧日本銀行広島支店

旧日本銀行広島支店では、広島市指定重要文化財として建物公開も兼ねて、催し等を開催しています(いずれも入場無料)。詳細については、主催者にお問い合わせください。 

ご案内図

革命政府の声明

トランプ米大統領は2017616マイアミの劇場で、我が国とのあからさまな対立時代を想起させる敵対的表現に満ちた演説を行い、オバマ前大統領とラウル・カストロ国家評議会議長が20141217日に、外交関係の再開ならびに国交正常化プロセスの開始を発表した後、両国が過去2年間に果たした進展を逆行させる対キューバ政策を表明した。

両国関係の逆行となる中、トランプ氏は演説に臨み“米国の対キューバ政策強化に係る国家安全保障大統領令”に署名、教育目的の個人旅行禁止、米国人旅行者のキューバへの渡航制限強化や、米国企業のキューバ軍・情報機関関連企業との経済・通商・金融取引禁止などの政策を表明した。いずれの政策も我々から収入を奪おうと意図するものである。推測に基づくキューバの人権状況及び封鎖に係る法令の厳格な施行を口実にトランプ氏はこの政策を正当化し、封鎖解除及び関係改善の条件として、我が国が国のあり方そのものを変えることを要求している。

トランプ氏はさらに、オバマ前大統領が20161014日に発表した“米国とキューバの国交正常化”大統領令を停止した。当該令は米国政策の干渉的性格や我が国の経済・政治・社会秩序の変化を実現しようとする目論見を隠すものではなかったが、キューバの独立・主権・民族自決を認知し、キューバ政府を正当かつ対等な対話相手として認めるものであった。同時に、両政府間に大きな隔たりが存在する中で、文明的な共存関係が両国とその国民にもたらしうる恩恵を認め、さらに封鎖が時代遅れの政策であり、撤廃すべきであることを認めるものであった。

改めて米国政府は19622月から導入された封鎖措置を強化することで過去の強圧的な手法に訴えている。封鎖はキューバ国民に損害と欠乏をもたらし、我が国の経済開発にとって明白な障害となっているのみならず、他の国々の主権と利益を侵害し、国際的な反発を招いている。

キューバとの非常に制限された貿易・投資機会しか持たない米国企業セクターにとって、発表された一連の措置は更なる障壁を課すものである。

米国議会は国内社会の幅広い層からの意見を反映し、キューバへの渡航禁止措置の廃止のみならず、通商上の制限を撤廃するよう求めている。そのただ中にあって、すでに差別的なライセンスの使用義務を課されている米国民にとって、わが国を訪問する権利はこれらの措置によってさらに制限されることになる。

トランプ大統領の発表は、キューバ人移民を含めた米国内の世論の多数派が支持する封鎖の全面撤廃やキューバと米国の関係正常化と矛盾する。

一方、米国大統領はまたもや誤った助言を受けた結果、キューバとその国民が自由に生きる正当な権利と主権を行使し、自国の運命の主導権を握っているが故に、罰を加えんとする意図を浅ましい動機により放棄しようとしない、フロリダ州のキューバ系過激少数派の政治的利益を優先させる決定を下した。

後ほど、この発表の範囲と意味合いについてさらに深く分析する。

キューバ政府は新たな封鎖強化政策を非難する。繰り返された過去の事例と同様、その失敗は明らかであり、ほぼ60年の長きに渡りあらゆる種類・由来の攻撃に対し抵抗を示したキューバ国民を屈服させ、革命を弱体化させるという目的を達成することはできないであろう。

キューバ政府は政治目的の工作や人権問題を扱う上での二重基準を拒否する。キューバ国民は基本的権利や自由を享受しており、医療や教育、社会保障の権利、同一労働同一賃金、子どもの権利、食料や平和、発展の権利など、米国を含む世界の多くの国にとって夢のような、キューバ国民が誇りとする成果を堂々と示している。封鎖対象国という状況に伴う制限にもかかわらず、キューバはそのささやかな資源を活用し、世界の多くの場所で人権状況の改善にも貢献してきた。

米国は我々に教えを説く立場にはない。米国内における人権尊重・保障について、我々は深く憂慮している。同国では殺人や暴力行為、特にアフリカ系住民に対する警官の暴行事件が多発している。発砲による死亡事件の結果、生命権が侵害される。児童労働による搾取、人種差別の横行。医療サービスの制限を強め、2,300万人が無保険に陥りかねない。男女間の賃金格差、イスラム系をはじめとする移民・亡命者の排斥、隣国を侮辱するような壁の建設を目論み、環境保護と気候変動対策に関する国際的な約束を反故にする。

米国による他国での人権侵害も同様に憂慮の種である。不当に占拠しているキューバのグアンタナモ米海軍基地において囚人数十人を恣意的に拘束し、拷問すら行った。裁判外の処刑、民間人の爆死、ドローンの使用。イラクに対して大量破壊兵器の保有を理由に攻撃したように、偽りに基づき複数の国々に戦争を仕掛けた。その結果、中東地域の平和・安全・安定に悲惨な結果がもたらされた。

キューバは人権に関する44の国際文書の締約国であるが、米国は18文書の締約国にしか過ぎないため、わが国はより多くを証明し、意見を述べ、守るべき立場である。

キューバと米国の国交回復が決定された後、国連憲章に謳われた原則と目的に基づき、両国の国民と政府は相互尊重と協力の関係を発展させるという意思を確認した。201571日の声明でキューバ革命政府は次のことを再確認した。「この関係はわが国の独立と主権に対する完全な尊重、すべての国が有する不可侵の権利であるところの、いかなる形の干渉も受けずに政治・経済・社会・文化制度を選択する権利、そして国際法上の放棄できない原則を構成する主権平等と互恵、これらを土台に築き上げられなければならない」。キューバの首都ハバナで開催された中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)2回首脳会議において、参加国首脳や政府が調印した平和地帯宣言にもこの内容が盛り込まれた。キューバはこれらの原則をこれまでも、これからも決して放棄しない。

キューバ政府は相互の関心事項における敬意ある対話と協力や、米国政府との懸案事項の交渉を引き続き行う意向があることを改めて表明する。ラウル・カストロ国家評議会・閣僚評議会議長が繰り返し述べたように、両国は互いの違いを尊重しつつ、両国とその国民の利益につながるあらゆる事柄を推進し、文明的に協力し共存できるということがこの2年間で証明された。とはいうものの、キューバがそのために主権や独立に関して譲歩し、何らかの制約を受け入れるなどと期待すべきではない。

キューバの政治・経済・社会体制を変えようとする戦略は、たとえ圧力や強要、あるいはより巧妙な手法を通じて試みようとも、いずれも失敗に終わる運命にある。

キューバが必要とする諸変革については、1959年から実施し、現在も経済・社会モデルの更新プロセスの一環として取り組んでいるように、キューバ国民が主権の下、引き続き決定していく。

195911日の勝利の日から行ってきたように、我々はいかなるリスクがあろうとも、主権を有し、独立し、繁栄し、持続可能な、民主的な社会主義国家の建設のために引き続き断固とした確信を持って進んでいく。

 

2017616日ハバナ


2017年 チェ・ゲバラ没後50年 連載を開始にするにあたって

 

 フィデル・カストロの功績を振り返る

 

2017年、チェ・ゲバラが、南米の地コロンビアで米軍・CIAに支援された政府軍によって殺害されてから半世紀が経過します。私たちはこの節目の年にあたり、チェ・ゲバラの1959年〜65年の間におけるキューバ革命後の社会主義経済建設におけるゲバラの格闘について、『革命の経済学』(“Che Guevara -The Economic of Revolution” 著者:ヘレン・ヤッフェ)を紹介する形で跡付けていきたいと考えています。私たちは、現在キューバで進められている社会・経済改革に注目してきましたが、その核心において、形こそ違え、ゲバラが取り組んだ社会主義建設に取り組んだ際の様々な試行、そこを貫く深い思想を見ることができることに気がつきました。そのことを強く認識するきっかけとなったのが、上著『革命の経済学』でした。

英国人のキューバ研究者であるヘレン・ヤッフェ(Hellen Yaffe)は、フィデル・カストロの死去に際して、以下で紹介した論評を投稿しています。私たちが、チェ・ゲバラの連載を開始するにあたって、彼女のフィデル・カストロ死去にめぐる論評を紹介したいと思います。なぜなら、私たちは、フィデル・カストロの功績を著しくねじ曲げるような論調が溢れかえっているとの思いを強く抱いているからです。常套句の「独裁者」。良くても「功罪併せ持つ独裁者」。彼女はそれに対して、「彼を「独裁者」として切り捨てることは、フィデルの指導下のキューバにおいてなされてきた論争、様々な試行、集団的な学習についての豊かな歴史をねじ曲げることである」と怒りを込めて語っています。そう、それは、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラ、カミロ・シエンフェゴス、ラウル・カストロ、その他の多くの革命家たちが命を賭けて守り通そうとしたもの、価値を否定することなのです。彼女のフィデル・カストロ評は、他の記事、論評にはない鋭い指摘に満ちています。革命の成果についての正当な評価はもとより、キューバを今日にまで発展させたフィデル・カストロの革命家としての重要な資質についても言及されています。

「チェ・ゲバラ 没後50年」の私たちの連載を、フィデル・カストロの追悼から開始したいと思います。仮に彼らが対話しているとするならば、両人は今日の世界のあり方をめぐり、意見を交わしていることと思います。その中には、今日のキューバの社会・経済政策も含まれていることでしょう。

 

 

翻訳記事

司令官フィデル:どこまでも戦士 

Comandante Fidel :Combatant to the End

ヘレン・ヤッフェ

http://www.telesurtv.net/english/opinion/Comandante-Fidel-Combatant-to-the-End-20161126-0013.html

 

フィデルの天賦の才能は、戦略的方向性といった展望を見失うことなく、日々の緊急事に対応しつつも、戦術的一歩に必要な事柄を作り上げる能力にある。

 

彼の告白によれば、2006年、彼を殺害間際まで追い込んだのは、武装闘争、テロリズムあるいは深刻な病であった。しかしフィデル・カストロはこれらをやり過ごし、平安の中で死の床についたのである。

 

20161125日、彼の90歳での死は、世界中のニュースを独占した。キューバでは、数日間、喪に服されることになっている。

 

圧倒的なキューバ人がフィデルを追悼し、敬意を払うであろう。いつの日か、悲しみを通して沸き起こってくるものは誇り高き思いである。天命が最高司令官を連れ去ったのであり、敵ではなかったのである。それは、最高司令官にとっては、安らぎの源であり続けてきたに違いない。彼は、最前線から、バチスタ独裁政権に対して、米帝国主義に対して、「バチスティアーノ」に対して闘うことを指導した一人であった。「バチスティアーノ」とは、不名誉な権力への復帰をあきらめなかった、かつてのキューバ人エリートたちのことである。今年のはじめのオバマ訪問後の「兄弟であるオバマ」への厳しい批判に至るまで、フィデルは、決して自らが成し遂げると誓った自決権、独立、社会主義キューバの実現に向けて闘うことを止めなかった。

 

弁護士として鍛えられ、兵士として試されてきたものだが、フィデルの天才は、日常の緊急性に応えながら、戦略的な展望を見失うことなしに、戦術的な前進の必要性に応える能力にあった。彼を「独裁者」として切り捨てることは、フィデルの指導下のキューバにおいてなされてきた論争、様々な試行、集団的な学習についての豊かな歴史をねじ曲げることである。

 

1950年代、フィデルは、キューバ人民に社会福祉と土地改革をもたらしたモンカダ計画に着手し、キューバのエリートの不当な獲得物を没収することを約束した。これは彼のキューバ人民に対する約束であり、そして彼らは1959年の最初の日、大群衆となって現れてハバナまでの長い道程でフィデルを歓呼して迎えたのである。こうして疑いもなく、フィデルは歴史によって無罪を宣告されたのである。この最初の何年間に100万のキューバ人が島を離れ、その大部分は米国に向かい、そこにフィデルとキューバ革命に対する暴力的反対地域を形成した。彼らは誰だったのか。彼らは地主、実業家、政治家であり、以前の汚職と腐敗のひどい水準を越えさえする者らであった。彼らは島から逃げたが、一時的なことだと考えた。しかし、彼らが米政府と国家諸機関から継続的に受け取った金融的、軍事的、政治的、イデオロギー的援助をもってしても、キューバ革命を潰すことはできなかった。すなわち、傭兵の侵略、サボタージュ、テロリズムや生物兵器、核戦争の威嚇、地域的および国際的孤立化、米の封鎖、賄賂、腐敗、暗殺をもってしてもキューバ革命を潰すことはできなかった。

 

キューバに対する米国の政策立案を支配し、キューバを国内政治問題に変換しようとしたのは、これらキューバ人亡命者とその同盟者であった。彼らはキューバに対する学術的著作と評論の見本を確立し、メディアの内容をコントロールし、キューバを国として、フィデルを人として、社会主義をもう一つの発展戦略として理解する私たちの能力を全般的に阻害した。だから、彼の死に際して、マンデラとは違う扱いを受けた。フィデルが「罪」を許されるのではなく独裁者として、たぶん全国民の抑圧者として非難され続けることに、私たちは誰一人として驚かない。

 

しかし、別の所、キューバの海岸をはるかに越えた所では、世界の何百万の人々が彼ら自身の指導者だと主張する一人の指導者の死を悼むであろう。米が支援した侵略を打ち破り、米帝国主義に対して起ち上がり、そしてキューバで無料で訓練を終えるや否や世界の貧しい地域へ医師、教育者、開発労働者を送った革命の指導者の死を悼むであろう。1960年代、フィデルは米の帝国主義と植民地主義を非難し、ラテンアメリカ、アフリカなどの革命運動を支援し、国際的に反帝国主義勢力を協調させるための三大陸会議を主催した。1970年代、アパルトヘイト南アフリカの植民地的野望からアンゴラを防衛するために、第1陣およそ40万人のキューバ人を派遣した。1980年代、フィデルは第三世界の債務を返済不可能なものとして非難した。1990年代、彼は新自由主義の破滅的な人的コストを非難し、世界に人類と地球を脅かす生態系の危機を警告した。2000年代、彼はアフリカ、アジアなどの貧しい学生たちにラテンアメリカ医科大学(1999年設立)の扉を開き、その結果彼らが無料で研究し自分たちの社会に帰って貢献できるようにした。そして彼が指導したイデオロギー闘争は、文化と教育の分野で何が成し遂げられるかを示したのである。 

 

今日のキューバは1959年のキューバとは比較にならない。健康、医療、バイオテクノロジー、文化、芸術、スポーツ、そしてあらゆる種類の差別との戦いにおいて、この島が成し遂げたことを少し考えてみよう。彼らは新しいもう一つの民主主義の体制を構築した。そこには複数政党もなく、政治的有名人もなく、政治に経歴もいらず、諸原則は最新の投票に反応する政治評論家によって考案されるものでもない。確かに誤りと恥ずべきエピソードもある。しかし、フィデルの最も強力な真剣な批評家は、イグナシオ・ラモネやオリバー・ストーンとのインタビューにまさに耳を傾けたように、いつも彼自身であった。

 

われわれが断言できる一つのことは、フィデルが自分の諸原則に忠実であったということである。ウィリアム・レオグランデとピーター・コロンブルのワシントンとハバナとの交渉の秘密の歴史に関する最近の著作は、外交関係がほとんど壊れそうになるやそれぞれの政府が関係の修復と改善の手段を追求したことを記している。しかし明らかなことは、歴史の様々な瞬間で、例えば米の封鎖解除のために敵意を引き下げよとの提案をフィデルが拒否したことである。それらは反帝国主義(アンゴラの場合は反人種差別主義)の国際主義的大義の放棄を前提条件にしていたからであった。すなわちアフリカ南部からの軍隊の撤退、プエルトリコ独立への声高な支持の停止、中米革命運動への支援の停止、そしてソ連との関係の切断を。これらはフィデルがとうてい賛成できない要求であった。国際的な反帝国主義の義務を取引することなどありえないことであった。カール・マルクスは言った、「人間は自分自身の歴史をつくる。だが、思うままにではない。自分で選んだ環境のもとではなくて、すぐ目の前にある、過去から与えられ持ち越されてきた環境のもとでつくるのである」と。

 

フィデルは歴史を作り、そして歴史は彼に無罪を宣告した。彼が亡くなろうとも、それらのイデオロギー的な敵は彼の生涯に対して激怒し続けるのである。